音楽番組「ファイティング’80s」について調べていた時のことだった。やけに熱く語られている記事があった。
やんちゃ。という表現がしっくりくるようなイメージ。
型破りというか、怖いもの知らずというか。
エネルギッシュ。パワフル。そんなイメージのパフォーマンスだったのではないかと想像する文章が綴られていた。
そのサイトは、佐野元春 オフィシャル・ファンサイト。
「ファイティング’80s」のことを、オフィシャル・ファンサイトで ここまで熱い記事を掲載していることに驚いた。
佐野元春が出演したのは、1980年4月7日。
TVK(テレビ神奈川)で放送が開始された音楽番組「ファイティング’80s」第一回。RCサクセション、佐野元春が出演したという記録が残っていた。
それを知り、
1980年4月7日、TVK(テレビ神奈川)で放送が開始された音楽番組「ファイティング’80s」。第一回はRCサクセション、佐野元春。佐野元春の公式サイトには、その内容が綴られている。エキサイティングなステージだったに違いない。見てみたい
#佐野元春
とTwitterに投稿したところ、何人かの方から「いいね」が。
一人一人、どんな方なのか投稿を読んでいたところ、ある投稿が目を惹いた。
「mofa」会員のリアクション
「わたくし今年52歳ですが、生まれてはじめてファンクラブに加入します。」
と。
佐野元春のファンクラブに加入するとのことだった。それだけだったら何も驚くようなことではないかも知れない。このツイートに対して、実にあたたかい言葉が掛けられていたのである。
私も初めて入ったファンクラブが佐野さんです
出会えて良かった
自分も遅かったですよ〜。CDは欠かさず聴いてましたが、LIVEに最近まで行った事がなかったので。
ようこそFCへ
よろしくお願い致します
私も昨年加入しました。
なんかとってもうれしいです!
カッコいい!
いらっしゃいませ。
な、なんなんだ、この世界は。。。
こんな言葉を掛けられた方は、委縮することなく、これから佐野元春を心から愛すだろうことを予感させた。
そして、わたしは、こうツイートした。
ファンクラブの存在は大きい。メディアに露出することが少ないアーティストは。
デビュー50周年を過ぎた某歌手は、ファンクラブが存在しない。彼が、今、何をしているのか。何を考えているのか。まったく知るすべがない。それでも、絶大な人気があるのは、すごいと思う。ひたすら待ち続けるのみだ
(某アーティストとは、レジェンド 井上陽水)
佐野元春しかり。
浜田省吾しかり。である。
わたしが、浜田省吾公式ファンクラブ「ロードアンドスカイ」に加入してから幾年月。
たとえメディアに露出しなくとも、定期的に届く会報で浜田省吾を知ることが出来た。
浜田省吾は、今、何をしているのか。これから何をしようとしているのか。何を考えているのか。それらを知り、浜田省吾を追い続けることが出来た。
もし、浜田省吾公式ファンクラブ「ロードアンドスカイ」に加入せず、何も情報を得られない状況だったとしたら。今、こうして浜田省吾を追い続けていただろうか。そう考えると、はっきり「YES」と答えることは難しいかも知れない。
公式ファンクラブ「Road&Sky」
唯一の公式ファンクラブは「Road&Sky」(所属事務所と同名)。1983年にホリプロから独立し、新たに個人事務所「Road&Sky」を設立し発足した。浜田自身は経営には一切関わらないというスタンスを取っている。
浜田省吾 – Wikipedia
来年2023年は、浜田省吾公式ファンクラブ「ロードアンドスカイ」は、発足40年というアニバーサリーイヤーとなる。
40年。立派な記録といえるのではないか。40年は、通過点。この先、本人が言いだしさえしなければ、浜田省吾公式ファンクラブ「ロードアンドスカイ」は続く。
公式ファンクラブが存続する意味はあるのかと考える方もいるだろう。生きていれば、この世に存在してさえいれば意味があり、価値があるのではないか。
定期的に浜田省吾の姿を見て、浜田省吾のことを知り、どんなことを考えているのかを知る。浜田省吾の直筆のメッセージが届くのだ。
幸福の青い封筒が届いた時の気持ち。読む時のワクワク・ドキドキ。至福のひととき。わずかなお金で、この体験が出来る。年末には、あまり実用的でないアイテムも届くw それだけでも、十分元が取れるはずだ。
浜田省吾公式ファンクラブ「ロードアンドスカイ」

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